奥州安達原三段目 袖萩祭文の段

あらすじ

 皇子環宮(たまきのみや)の養育掛平傔丈直方(たいらのけんじょうなおかた)は、妻浜夕との間に二人の娘袖萩(そではぎ)と敷妙(しきたえ)をもっていた。十年前袖萩十六歳のとき黒沢左仲(くろさわさちゅう)という浪人と袖萩が密通、妊娠して駆け落ちした。その後敷妙は八幡太郎義家の妻となる。平家の娘が源氏の大将の妻になったのである。
 そして十年。ここは雪の降る環宮の御殿である。幼少の主人環宮は何者かに誘拐され、留守を守る傔丈と浜夕。しかし今日は環宮行方不明の責任をとって傔丈が切腹しなければならないその当日。すでに義家夫婦も奧に来ているし、勅使として桂中納言教氏(のりうじ)が暗に切腹をすすめる使者として御殿へ来た。
 そこへ父の大変を聞いて袖萩が十年ぶりであらわれる。変わり果てた袖萩は、三味線を抱え一人娘で十一になるお君に手を引かれ盲目の乞食女。呆然たる傔丈夫婦。袖萩は庭の木戸の外で父と母に不孝を詫びる祭文を語る。傔丈夫婦が去ったあと鶴殺しの宗任(むねとう)が来て、袖萩に安部一族の敵傔丈を殺すようにすすめる。黒沢左仲こそ安部貞任(さだとう)であり、桂中納言に化けているのであった。思いあまった袖萩は自害、傔丈は切腹。傔丈の切腹を見てあらわれた桂中納言を八幡太郎義家が安部貞任と見あらわし、戦場での再会を約束して別れる。


見どころ

 ここに登場する人間は全て一つの家族である。平傔丈は平和を願うために源氏の婿をとり、娘袖萩は愛のため安部一族の夫をもった。平和や愛を願う心が、二人に死をもたらしたのである。家庭の中に政治が持ち込まれれば、家庭は崩壊するしかなない。そこが作者の大きなテーマである。

 前段の中心は言うまでもなく門を隔てた傔丈夫婦と袖萩母子の対面。袖萩の祭文、お君をかばっての身は濡鷺の・・・、というところが袖萩のしどころ。後段の中心は桂中納言実は貞任が花道七三で見あらわされるところで、それからの義家との対決、お君との恩愛、幕切れ近く奥州に押し立て・・・、の大見得まで、おもに貞任の持ち場である。そのために袖萩と貞任を一人二役で案ずる場合が多い。