神霊矢口渡 頓兵衛住家の段

今から650年前、相模と武蔵の国境、六郷川(多摩川)の矢口の渡し。
渡し守の頓兵衛(とんべえ)は、褒美の金欲しさに足利方の手先となり、新田義興(よしおき)を溺死させた強欲者です。
この家に一夜の宿を求めて新田義興の弟義峰(よしみね)と遊女のうてなが訪れます。 二人は恋人で追っ手を逃れて故郷新田郷へ落ち延びるために来たのです。
頓兵衛の娘で、父とは似ても似つかぬ気立てのよいお舟は、初めのうちは断りますが、気品ある義峰に一目ぼれしてしまいます。 連れのうてなは妹と聞き、積極的に義峰に迫ります。 ところが不思議な力によって二人は気を失いその場に倒れます。
うてなはこれを見て、すぐに夫の所持する新田家の白旗のたたりだと気がつき、旗を掲げて拝むと二人は息を吹き返します。 これを見ていたのが頓兵衛の下男の六蔵です。 お尋ね者の義峰と気が付いた六蔵はすぐにも奥の部屋に踏み込もうとしますが、お舟は、彼女に気がある六蔵をなだめすかし、自分の手柄とせず、父頓兵衛と二人での手柄にするよう説得し、時間を稼ぎます。
しかし、六蔵から話を聞いた頓兵衛は金目当てに、鍵のかかった我が家へ、壁をくりぬいて押し入り、暗闇の中を忍んで床下から義峰を狙います。
<ここで場面が変わる>手応えを感じた頓兵衛が刀の先を見ると、そこには娘の苦しむ姿がありました。
兄義興の最後を知りたい義峰は、お舟を抱いてしまったのです。
お舟は自ら義峰の身代わりとなり、足利に見方する父頓兵衛を裏切って彼らを逃がしたのです。 二人はこの世では一緒になれなくても、来世で一緒になろうと約束していたのです。 それを知った頓兵衛は、説得のため立ちふさがる娘お舟を切り捨て、合図のノロシを揚げて後を追って行きます。
瀕死のお舟は二人を逃がすため、櫓にある合図の太鼓を打てば、捕まったという知らせで、包囲網が解かれることを思い出し、それを止めようとする六蔵を刺し殺し、最後の力を振り絞って太鼓を叩いて追手を欺きます。